高原町の新そば「新燃岳そば」支えてくれた人がいたからそば屋ができるその思いは今も昔もこれからも変わらない

毎日寒い日が続きますね。寒いと薪ストーブの近くから離れられないです

ほんわか暖かい、見てても暖かい。朝はここから離れられない。

どうも。僕です。寒いのが嫌いなそば屋がまこう庵そばっこです。

寒い季節ですががまこう庵は毎年この時期に嬉しいこともあります。それは使っているそばが今年収穫した新そばに変わる時期です。

今年は12月13日から新そばになりました。そんな新そばですが今年はちょっと思い入れのある新そばになりました。そんな事をブログに書きたいと思います

今年も無事に新そばを迎えることができました

こうしてがまこう庵は無事に新そばを迎える事ができました。新そばの時期ひときわ思うことがあります。それはひとえにそばの生産者さんと霧島の自然に感謝だなー。こうして自分がそば屋ができるのは材料があっての事。そばが無ければ何もできないのです。それを自分は痛いほど知ってます。だからこそ生産者と自然に感謝なんです。

今年の新そばは高原町産の新燃岳そばを使わせてもらってます。

この高原町新燃岳そばは3年前から黒木さんとそばの産地づくりとして2人で頑張ってきた想いの強いそばなんです。

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都城の生産者が高齢者で減る現状の中、そばの生産量が減っていた。地元産のそばを使う自分達にとって非常に不安で困っていた。そんな時に長年お世話になっている黒木さんに相談。快くそばの生産を考えてくれた。そして高原町をあげてそばの生産に協力してくれるようになったんです。

去年から生産も安定し、今年からはもっと産地アピールをしていこうと話していた矢先。黒木さんが体調不良になりこの夏の終わりに亡くなられました。すごくショックな出来事でした。それまで毎回会ったり、電話で熱く語り合った。年の差はかなり離れているけど言いたいことなども言いやすく話しているとすごく楽しい方。黒木さんと電話している話し方を嫁が聞いて「そんなフランクな話し方でいいの?すごく偉い人じゃないの?って心配するくらい仲良くさせてもらっていました(笑)

こんな若造の蕎麦屋相手にすごく真摯になって美味しいそばを育てる為に尽力してくれた。育て方も農家さんと話し合い向上させて美味しいそばが今では育つようになった。黒木さんの高原町への思いもいっぱい聞いてきた。だからこそ自分はもっと頑張って地元の生産者の為にもそば屋をもっと盛り上げていこうっって思っていたんです。でももう黒木さんはいない。寂しい。そして不安がまたやってきたけど。ここで自分が心折れて高原町産のそばをやめたらきっと黒木さんが悲しむだろうなぁ。黒木さんの思いをしっかり引き継いでやらないといけないなー。だって「新燃岳そば」はすごく美味しいそばだし、自分が初めて産地づくりから始めたそばだから。黒木さん見といてくださいね。このそば屋の意気込みを!!今はそんな気持ちでやる気満々です。

そして今年から新燃岳そばの担当をしてくれる杜の穂倉の山崎さん。山崎さんもすごく良い方で勉強熱心の方で非常心強い。これからの「新燃岳そば」も引き続き生産していく事になったのでますますこれからが楽しみです。

という事で今年も新そばになりましたという報告でした。

新そばのモチモチした食感は新そば特有です。今しか味わえないそばが、がまこう庵にはあります。ぜひ体感してもらいたいそばです。

よかったらどうぞ(笑)

でわではまたですねーー。

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1977年宮崎県都城市生まれ、そば屋がまこう庵2代目。 (株)がまこう庵代表取締役、都城産のそばを多くの人に知ってもらい喜んでもらいたい。そして都城のそばを世界へ。 自分の育った都城が大好きでそばと共に都城の事も発信していきたい。